story8

桜の咲く街で

 あるあたたかい日の夕暮れ、街の広場に立っている桜の木の下で小さなかわいらしい女の子が男性に出会った。男性は女の子に優しく話しかけ、女の子もその男性に親しみを感じた。そしてその日から少女は彼に、遊園地や公園に連れて行ってもらったり、レストランでおいしいものを食べさせてもらったり、おもしろい話を聞かせてもらったりして楽しい時を過ごした。しかし、しばらくして男は姿を見せなくなった。
少女は彼のことを忘れ、学校の友達と遊んだ。

 次の年再び少女の前に男性が現れた。そして去年と同じように楽しい時を過ごすが、またしばらくすると消えてしまった。その次の年も、また次の年も・・・。
彼が行ってしまった後は海の季節だった。
  少女はあつい太陽の下でおもいっきり走った。
   そして秋には真っ赤な葉の色に驚いた。
    冬にはかわいい手袋をして雪にさわった。

 やがて雪がとけ、桜が咲くと、いつものように彼が現れた。
少女は彼がどこかにいなくなってしまう前にこう聞いた。
「あなたはずっと前から少しも変わらないわね。どうして?それにいつも楽しく遊んくれるけど、暑くなる前にどこかへ行ってしまうわ。いっしょに海とかに行ってみたいのに・・・。」
しかし彼は言った。
「もうそろそろ行かなくちゃ。また会おうね」
「もう・・・」

 何年か後、雪がとけはじめるころ、彼女は待った。そして桜の咲くころに彼は現れ、また消えていった。しかしこの年はいつもと違っていた。彼が行ってしまった後、少女は太陽の下で遊ぶことができなかった。なぜなら人間の文明はじまって以来の大事故が起こり、地球のまわりに灰色の雲ができてしまっていたからだった。
その雲のため、夜空に輝くはずの月も見えなくなり、そればかりか夏は少しも暑くならず、冬も寒くならなくなってしまった。

 また何年かたち、少女はもう立派な女性に成長していた。しかし微笑んだときのかわいらしい顔だけは昔のままだった。このところ彼女は今の仕事に夢中だった。
その仕事とは、狂った天気をもとにもどすことだった。彼女は思った。はやくもどってほしい。あの熱い光、赤い葉、白い雲、それに桜の花。それに彼女にとってなによりも気がかりだったことは、事故以来、あの男性が姿を見せなかったことだった。
どうしてだろう。

 しかし、そのことを忘れさせてしまうようなことが起こった。
地球をもとにもどすことのできる物質が月にあるかもしれないという。そのためにロケットを打ち上げることになり、その乗組員に彼女が選ばれたのだ。彼女は驚き、喜んだ。月に行けるんだわ、それに季節をとりもどせるかもしれない、きっととり返してみせるわ。
 あの事故が無ければ、雪が降り始めるはずの時期に、中に女性を一人乗せたロケットが大きな音をたてて飛びたった。
地球のまわりにできた汚れた雲を通りぬけるとき、彼女は気を失った。気づいた時、窓から外を見てみると暗い宇宙に星が輝いていた。そして彼女は前を見て驚いた。でこぼこだらけのはずの月に白い雲があり、青い海があった。前の地球と同じ、いや、それ以上の眺めかもしれない。彼女は興奮しながらロケットを月に降ろした。

地面に着いてからおそるおそる窓から外を見てみるとそこには野原が広がっていた。

 やがてロケットのドアが開き、中から小さなかわいらしい女の子が出てきた。
 その少女は正面の森に向かって楽しそうに歩いていった。きれいな色の花が咲き、蝶がとびまわり、そよ風が吹いていた。少女は緑の葉がとてもきれいな森の中のかわいい音をたてて流れる小川のそばでひとやすみした。するとどこからかあの男性が現れ、微笑んでいた。
「やあ、よくここまで来たね。僕はね、この森や花、野原が好きなんだ。もちろん、桜もね」
「あなた一人なの。他には誰もいないの?」
「いや、あと三人の友人がこの月の他のところにそれぞれいるんだよ」
「どうしてここに来ちゃったの」
「あのまま僕たちが地球にいたら僕たちは死んでしまったよ。その前にひとまず逃げてきたんだよ」
「ふうん」
「君は僕たちを連れもどしに来たんだろ。でもただではもどれないなあ」
「それじゃあ、あたし、地球のみんなにあなたたたちを大切にしなさいって言って聞かせるわ」
「ああ、それならいいよ。君ならきっとできるよ。それじゃあこれを持ってお行き」
そう言って彼はかわいい小さな花を少女の小さな手にのせた。
「うん」
「じゃあたのんだよ。うまくいけばまた地球にもどれるからね」
「わかったわ。あたしにまかせてちょうだい。そしたらまたあなたにあえるかしら」
 少女の言葉に、男はにっこりうなずいた。

 ロケットにもどったとき、彼女はもう女性にもどっていた。しかしあの男性に対する少女としての心はやはり少しも変わっていなかった。彼女は月を後にした。
 正面の地球を見ると、灰色の汚いかたまりのようだった。早くしなきゃ。彼女は急いだ。
再び雲に入ったとき、また彼女は気を失った。

 彼女は太陽の光とやさしいそよ風に起こされる夢を見た。しかし研究所のベッドで所長に起こされて外を見ると、相変わらずの灰色の空だった。所長が言った。
「君が持ち帰ってくれたあの石が役に立ちそうだよ。でももうしばらくは時間がかかりそうだ。君も疲れがとれたら実験に参加してもらえないか」
「悪いけれど・・・」
「どうしたんだ、まだ具合が悪いのかい?」
「いえ、そうではないのです。あの石も確かに役立つけれど、それだけじゃ決してもどらないんです」
「いったいどういうわけだね。君はどうしたいんだい?」
 彼女ははっきりと答えた。
「わたし、しばらく旅に出ます。これからやらなくちゃならないんです」

 その日以来、彼女は歩き続けた。街から街、地方から地方、国から国・・・。
 そしてあるあたたかい日の夜、しばらくぶりで家に帰る途中、彼女はあの男性と初めて出会った場所で足を止めた。
 そこには今にも花の咲きそうな桜の木があった。
 彼女は彼に会うのを楽しみに待った。


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