story12

すれ違い

冷たくなってきた夕方の風はさほど気にならなかったが、この地にたどり着き、数日の間に多くの場所を見てまわった今、さすがに疲れを感じたので目についた喫茶店に入ることにした。
 店内は落ち着いた雰囲気で、ゆったりとしたジャズが流れていた。窓際のボックス席が3つと、カウンター席が7つ。そしてカウンターの中には内装と同じく年季の入っ た初老のマスターがいた。
「お好きな席へどうぞ」
女性の店員にそう言われ、空いている真ん中のボックス席につき、コーヒーを注文した。前の席には若い母親と子供。後ろには中年の夫婦らしき二人。
商店街を行き交う人たちを眺める。主婦、学生、サラリーマン、その多くの顔が下を向いているように、そして表情が曇っているように見えるのは気のせいだろうか。
「太陽は大きくなって、地球を飲み込んじゃうんだよ」
前の席から、小学生の男の子と思われる、そんな言葉が聞こえてきた。母親の頭しか見えなかったが、向こう側にいるのだろう。
「でもさあ、かーくんさあ、そんなに太陽が大きくなるのは、ずーっとずーっとたってからなんだよ」
「でも、宇宙はうーんと大きくなって、最後にどうなるのかな?爆発しちゃうのかな?気になってしょうがないや」
「そんなのだれにもわからないんだから」
「でも、この図鑑に書いてあるよ。偉い人たちが調べて、だんだんわかってきたんでしょ?」
「そりゃあそうかもだけどさあ、それよりかーくんさあ、漢字の宿題はできてるの?明日までじゃなかったっけ?」
こんなにあどけない声の少年が、宇宙の未来を案じているのに、母親は明日の宿題の心配か。

 母親の携帯が鳴った。その瞬間、後頭部しか見えないにもかかわらず、母親の体全体がびくっと震えたのがわかった。
「もしもしっ」
 男の子に話していたのとは明らかに違う、緊迫した声。
しかしそう感じたのが気のせいかと思うほど、続く言葉は屈託の無いものだった。
「なあんだあ、よかった。それでいつ頃になるの?」
「ねえねえ、パパから?パパから?いつ日本に帰ってくるの?ねえ、ねえ、いつ?」
「いま聞いてみるからね。うん、それで、いつ頃帰れそう?ええっ、来月かあ。ちょっと待っててね。かーくん、パパは来月帰って来るんだって。いい子にして待ってられ るよね?はい」
携帯を男の子に渡したのだろう。
「パパ、パパ、早く帰ってきて、また一緒に図鑑見ようね、いっぱい、いっぱいだよ。プラネタリウムも行くんだよ。うん、うん、できるよ。ママの言うことちゃんと聞く から、早く帰ってきてね。うん、バイバイ」
「あっ、かーくんまだ切らないで、ママにかわって。はい、ありがとう。あ、あたしあたし。それで、来月のいつ頃かな?わかった。うん、帰ってきたら、思い切りいい お肉焼いて、えっ、聞こえないよ、集合かかった?うん、わかった、とにかく気をつけて・・」
 どこだか場所はわからないが、ご主人に何かあったようだ。
ほんの少しの沈黙。
「ママ、どうしたの?」
「あ、ごめんごめん。パパ、急に忙しくなっちゃったみたい。あ、そうそう、来月の早いうちにパパ帰ってくるから、そしたら美味しいお肉焼いて食べようね」
「はい、かーくん、パフェだよ。おまけだからね、ママと分けて食べてね」  カウンターの中にいたマスターがいつの間にか来ていた。
「マスター、すみません」
「ありがとう!」
「いいのいいの、食べてって。昔からしょっちゅう来てもらってるんだもん、これぐらい、たまにはね。それよりさ、今聞こえちゃったけど、なんだか、大変みたいだね。 でも、もうちょっとの我慢、我慢。あ、そうだ、とおるくんが戻ったら、焼き肉パーティー、私も呼んでもらおうかな」
「ぜひ、来てくださいよ。なんて言ったって、マスターがいなかったら、あたしととおるは出会っていないんだし」
「うん、うん、そうだったね。懐かしいね。あなたがここでアルバイトしてくれて、とおるくんが来たときのこと。あのとき、私にもわかったよ。一目惚れのなんていう どころじゃなかったね。二人とも見つめあって、固まっちゃって。あれこそ『電気が走る』瞬間だったねえ。そうそう見られるもんじゃないねえ」
しみじみそう言うマスターに母親が 「もう、マスターったら、よして下さいよ」
「いいじゃないの、本当のことなんだから。私はね、宇宙で一番素晴らしいことだと思いますよ、一目惚れっていうのは」
「そしたら、あたし、宇宙一の幸せ者ですね」
「そうそう。あっ、そのときは、よろしくね」
「はいっ、ぜひ」
マスターがカウンターに戻ると、彼女は、突然途絶えた夫との電話の衝撃も幾分和らいだような様子で息子に言った。
「さて、せっかくマスターが作ってくれたパフェ、一緒に食べようか」
「うん!」

 私も一息ついたような気がして、コーヒーを飲んだ。
 この土地に来て、最初のうちは、一見科学、文化の発展した、なんと素晴らしいところだと思ったものの、争いの絶えない社会にがっかりさせられたものだった。しかし、世の中捨てたものではない。こうして間近に、人の気持ちのあたたかさを感じることができたのだから。
数えきれないほどの世界をめぐり、あらゆる形態の種族の社会を見てきたが、どんな姿かたちをしていようと、こうした心の交流を目の当たりにするのはいいものだ。
ただし、感情があるが故に、いずれ種族内の争いによって滅亡の道をたどる場合が少なくないという悲しい現実。今まで、この親子のような姿を幾つも見てきた。しかし、私が時間を飛び越え、その星を再び訪れたときにはほとんどの文明が朽ち果てていたのだ。そのような親子の子孫の繁栄を見届けたかったのに。
気に入った種族の繁栄を見届けるのは最終目的ではない。あくまで、この宇宙の行く末、最後の姿をこの目で見ることが究極の目標だ。そのために、特定の形を持たないまでに進化を遂げた私は、時間を飛び越え、宇宙を旅して、その時代に繁栄している種族を探し出し、彼らと同じ姿になり、その一員としてその惑星で暮らし、つぎのジャンプのための準備期間を過ごす。それを延々と繰り返してきた。
たった今聞いた、少年の頭を一杯にしている、彼らにしてみれば遠い未来の大きな疑問。そして好奇心。
それこそが、この星の未来を決定するのだ。このような好奇心や疑問を持ち続ける子供達がどれだけいるかに、その星が存続、繁栄するかがかかっているのだ。たいていの文明は、自ら生み出した科学技術の使い方を誤り自滅してしまう。自滅することなく発展を遂げても、宇宙規模の大災害を切り抜ける程の科学力を持つまでには至らないのだ。残念だが、仕方無い。それがその種族の運命ならば。

「あっ」
 夫婦のいる席から男の声がした。
「どうしたの?」
「臨時ニュース。始まっちゃったみたい、戦闘が」
この時代に急激に普及している携帯をいじくっているらしい。
「あらいやだ。でも、あくまで支援だから危険は無いって言ってたじゃない」
「そんなこと言ったって、現場近くにいたら、危険が無いわけないよ。だいたいあんとき、あの法案が通っちゃったのが間違いだったんだよ。だからあんな遠くまで行って、巻き込まれちゃうんだ」
「どうなっちゃうのかしら・・・」

各個人がこれほどの端末を持つまでに技術が発達したというのに、その端末で知る内容が同じ種族同士の争いとは。
 最後の一口を飲み、立ち上がると、隣のボックス席の少年が、食い入るような目で宇宙の図鑑を読み続けていた。パフェを口に運ぶ手がおろそかになってしまっている。
「ママ、ちょっとおトイレに行ってくるね。ほらほら、図鑑ばかり見てないで早く食べなさい。ママが戻ってきてもそのまま残ってたら、ぜんぶ食べちゃうぞ」
「食べるよ食べるよ」
 うん、うん。パフェも宇宙もがんばれ。
    私はしゃがんで少年に目線を合わせ、こう言った。
「宇宙の最後、気になるよね」
「うんっ!うーんと長生きして、宇宙がどうなるのか、見てみたいんだよ。ママはそんなことより宿題やりなさいって言うんだけど」
「そうか。宇宙の最後が見たいのか。わかるよ、その気持ち。そしたら、いっぱい勉強すれば、わかる日が来るかもしれないから、勉強をがんばれ。宇宙のことも、学校の宿題もね。あと、友達ともたくさん遊ぶんだよ」
「うん」
 満面の笑みの少年に小さく手を振ってレジへ向かう。

 一人の女性が店内に入ってきて、私とすれ違う。店員に、お好きな席に、と言われて、たった今空いた私のいた席に決めたようだった。上に立つ人間だろうか、高級そうなスーツに、上品な美しさの中にも何を考えているのか、やや険しい表情。それとも私のように、長旅の疲れか。
そして私が支払いを終え、店を出るときに、彼女が少年に話しかけているのが聞こえた。
「宇宙、好きなんだ。私もよ。私はね、宇宙の始まりが・・・」

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