story11-3

桜並木を見上げた夜には(3)

   翌朝、美季は昨日と同じ喫茶店で新聞を読んでいた。向いのビルの例の階付近には足場が築かれ、復旧作業が続いていた。
けが人11人、死亡5人の白昼の爆発事件は見出しこそ大きく扱われていたが、記事自体は大した量ではなかった。誰の犯行なのか、またその理由も全く不明だったか らなのだろう。けが人のうち7人は下の道路にいた通行人で、落下物によるけがだった。中には頭部を直撃し、意識を失ったままの者もいた。残りの4人は爆発のあった 隣の部屋にいた者たちだった。幸いにも直接の被害は受けていないため、こちらは軽症で済んだようだ。
 そして死亡の5人。無残にも肉片となりはてた5人。芳恵の夫、橘和実の名前がはっきりとその中にあった。皆が、これからの社会に巣立って行く子供たちに手を差し伸 べるべく、有志で行動を起こした者たちだった。そんな彼らが、ビルの一部屋でのボランティア活動の打ち合わせの場で全員殺されてしまうとは。なぜだろう。彼らを殺害するメリットなどあるのだろうか?
各々の仕事に従事するだけでなく、崇高な活動をする者たちの命を奪うなどという卑劣な行為を美季は断じて許すことができなかった。
美季は再び目をビルに向け、ヘルメットをかぶった何人もの男たちが懸命に作業を進めているのを眺めた。
あの出来事の直前にはここでこうしてコーヒーを飲み、何事も無い、この先もずっと、ただ人や車が順番に行き交うだけの交差点を眺めていたのに。そう思ったものの、 もうすでに交差点は以前のまま、ただ人や車が行き交うだけだった。事件のあったビルのその部分だけが時間から取り残されたかのようだった。作業をしている人間以外 は誰ももう気にもとめずに、通り過ぎて行くのだった。
そんな人々の流れをぼんやりと眺めていた美季だったが、雑踏の中で一人、立ち止まったままの男がいることに気づいた。彼は信号が青になっても渡ろうとせず、かと いって誰かを待っている様子でもなかった。ただじっと、爆発のあった方角に顔を向けていた。

 あの青年だ。

 美季にはわかった。そして彼女には、何の根拠も無かったが、彼も昨日の事故に心を痛めているのだということさえ確信できた。
とにかく会って話さなければ。
彼女は急いで席を立ち、勘定をすませ店を出ると、閉まりかけたエレベーターに滑り込んだ。
しかし交差点に出てみると、さっきまでいた場所に青年の姿は無かった。美季はあらゆる方角に何度も目を向けたが、彼を見つけることはできなかった。
悔しかった。彼の姿を見たのは決して偶然では無かったはずだ。美季は、彼と話しができなかったことに苛立ちを覚えた。
しかし、そのまま立ちすくんでいても仕方が無い。美季は芳恵の家へと向かった。
 愛する夫の最後を悲惨な形で目の当たりにしてしまったのだ。

            タクシーを捕まえ、十五分ほどで芳恵のマンションに着くと、美季は自動ドアに駆け寄った。
ドアの内側を覗くと、住人の新聞受けが並ぶスペースに芳恵がいた。誰か、見知らぬ男の話を聞いている様子だった。やがて男は封筒らしきものを芳恵に手渡した。
そのとき、肩に手がかかった。驚いて振り向くと、そこにはあの青年がいた。動揺するのもつかの間、彼は美季に「こっち」と囁き、ドアから離れた場所に引き戻された。
「あなたは」
問いかける美季に彼は、真剣な眼差しで答えた。
「時間が無いからこれだけを言っておく。君にして欲しいことだ。俺は」
切迫しているのだろうということはわかっていたが、美季は彼が「俺は」と言ったときに、「青年」という言葉が似合う彼には似つかわしくない、と思うのと同時に、初めて間近に見る彼の、やや整いすぎとも思える顔に強い印象を刻み込まれるのを感じた。そしてその表情に、揺るぎない信念を持っているのが美季には見て取れた。
この年になって一目惚れかしら。
美季の思いにおかまいなしに彼は言葉を続けた。
「あの男を追う。君は彼女のそばにいてくれ。決してあれを飲ませてはいけない。いいね?」
「待って、あれって何?あの封筒に入っているものなの?」
彼は返事をせずに、彼女の腕を掴み、半ば強引に建物の端まで連れて行った。その直後、例の男が出てきた。男は鋭い目であたりを一回だけ見回した後、大股で去って 行った。
青年は振り返ることなく「頼んだ」と一言言うと、男の後を追っていった。
その場に残された美季は、少しの間彼の後ろ姿を見つめていたが、芳恵に手渡された封筒のことを思い出した。
自殺。
止めなければ。
「わかった」
 独りつぶやくと美季は、階段を駆け上がった。エレベーターなんか待っていられない。七階の芳恵の部屋の前まではほんの十数秒で着くことができたが、インターフォ ンに手を伸ばしたところで胸部を激痛が襲った。

 こんなときに、どうして。まだよ。
彼女はインターフォンに伸ばしかけた右手で胸を押さえた。自分がこんな状態のときに芳恵は封筒の薬を飲もうとしているかもしれない。
美季は思い切って左手を伸ばし、インターフォンを押した。
ドアがそうっと開き、まるで別人のような、力の抜けた表情の芳恵が姿を現した。
 頬も幾分こけているようだった。さっきマンションの下で離れて見たときにはわからなかったが、いつもは快活なはずの彼女がここまで変化したことに美季は戸惑った。
そんな芳恵ではあったが、肩で息をしている美季を見ると
「大丈夫?あがって」
と、彼女を部屋に入れた。
部屋は整然としていた。以前に一回だけ訪れたときは、読みかけの雑誌や本、CDなどがあちらこちらに散らばっていた。美季がそんな部屋の様子に半ばあきれていると、芳恵はこんなことを言っていた。
「あたし、一冊読み終わる前に、すぐに違うのを読みたくなっちゃうの。一つのことに集中できないのよね。例外は旦那かな」
 しかし今は違う。物一つ置いていないテーブル、ソファ、そしてオーディオセットなど、すべてにうっすらとほこりが積もっているのに気づき、美季は愕然とした。芳 恵は何もしていないのだ。あれ以来彼女は、テーブルに読みかけの本を置きっぱなしにすることも、ソファにのんびりして大好きだったロックのCDを聴いて過ごすこと も無かったのだ。何もしていないから部屋は片付いたままなのだ。
美季が芳恵を振り返ると
「コーヒー、入れようとしたんだけど、切らしたままだった・・・」
と戸棚を閉め、キッチンから戻りながら力無く言った。
「いいのよ」
と答えながら美季は、芳恵が美季の目を見ていない、いや、目をそらしていることに気づいた。どんなときにでも人の目を見て話す彼女だったのだが、あんなことがあった からだろうか、とも考えたが、何か落ち着かない、視線をさまよわせている芳恵の顔が、学生の頃の、嘘をついたときの表情であることを思い出した。
 やはり、うしろめたいのだ。
美季の目をまっすぐに見ることのできないままでいる芳恵の向こう側、流しのそばにそれは置かれていた。コップに半分ほど注がれた水と、そばの封筒から出されたと 思われる錠剤が一つ。
美季は芳恵を睨んだままテーブルに向かい、錠剤を取り上げ、きつい口調で言い放った。
「こんなもので全てが解決するとでも思っているの?」
「でも・・・」
「でもじゃないでしょ。どうして芳恵が自殺なんて考えるのよ」
「でも、あの人が」
「あの人?薬をあなたに渡した男ね」
「あの人が、楽にしてくれるって言うから」
「あの男は誰なの?」
「知らない。でもあの人もあの事件で奥さんを亡くしたって。一番大事な人を失ったのは同じだから、辛い気持ちもよくわかるって」
「芳恵、逃げてどうするのよ。世の中には生きたくてもそうできない人がいっぱいいるのよ」
そんなありきたりの言葉は言いたくなかったが、言わずにはおれなかった。それはマガジンラックにあるマタニティ雑誌や、赤ちゃんの名前選びの本に気づいていたか らだった。
「ごめん、美季。でも、あの人の言葉を聞いていると、本当に楽になれそうな気がして。あたし、あいつが一番大事だったけれど、いっつも仕事、ボランティアで、一緒 にいられる時間なんかほんのちょっとだった。でも、赤ちゃんができたから、そうしたらもっともっと一緒にいられるようになるって思ってた・・・。あのとき、赤ちゃん できたよ、プレゼントだよ、って言うつもりだったのに・・・あいつ、一番、誰よりもあたしに近い人だったのに、あいつ、あたしから一番遠いところに行っちゃった・ ・・」
芳恵はその場に泣き崩れた。泣くのはかまわない。泣きたいだけ泣いておくべきだ。
 しかし、よく知りもしない男の話を真に受けてしまうとは。
「いい?どんな言葉で飾ったって、自殺なんか、この世で一番みっともなくて汚らしいことよ。それで、その男、どんなことを言ったの?」
「ええと、死は悪ではない、とか、この世こそ地獄で、あなたはもうすぐここから抜け出せるとか…。そう、こんなことを言ってた。毎日のニュースや新聞を見てもわか るように、この、今の世の中こそが混沌だって。毎日毎日悲惨な、ろくでもない事件ばかりが立て続けに起きて、みんなはどうにかそれに巻き込まれずに生きているけれ ど、みんながそれを現実だから仕方ないと思ってしまっていて、誰も違和感を唱えようとしない。でも、誰もが、どう考えてもこの世の中は狂っていると感じている。自 分はどうせ巻き込まれないのだ、だから大丈夫だと自らに暗示をかけている。でも、何もわざわざこんな苦難の道を選ばなくてもいいのだ。例えるならば・・・」
その声は芳恵のものではなくなっていた。芳恵の、大人になっても可愛らしい女の子のままだったはずの声はいつの間にか、威厳に満ちた、説得力のある深く響く声に 変化していた。
「一方通行の道があればみんなその方向に道を進む。しかし、その標識が間違いだとしたら。ちょっと逆に歩き、横道を見つければ近道があるのに、人々はただ言われる ままに標識通りに道を歩む。本当にそれが正しいのかを確かめもせずに。それが、人生と呼ばれているつまらない代物だ。途中で今まで歩いた道を外れて新たな道に進むことを人は悪であると忌み嫌うが、それこそが、真の自分自身を探求する道なのだ」
美季は、芳恵の変わり果てた声に圧倒されるばかりだった。声だけではない。その思想にも。
 美季は、自分がこれからたどるべき人生を奪われてしまった者だ。だが、人生そのものに意味が無く、そこから新たに見つける道にこそ真実があるのだとしたら。人生は何も困難や苦痛に堪え忍んで過ごすものではないのだとしたら。

 寒い。何なの、この寒さは。

 芳恵のものではない声は続けた。
「その、新たな道こそが崇高なる存在なのだ。そこを通過してこそ、本当の意味での人生が始まるのだ。将来に絶望したとき、愛する者を失ったとき、この世界では、堪え忍べ、という。しかし、それは違う。そのときにこそ突破口が開けるのだ。その突破口に勇気を持って飛び込んだ者だけが真実に近づくことができるのだ。この世界ではその崇高なる行為に「自殺」と名付け、忌み嫌うが、それは間違いだ。現に、突破口を通過した者たちは、今は別世界で立派に、本来の意味での生涯を送っているのだ」

あの事件で妻を失った男がなぜそんなことを芳恵に吹き込んだのか。しかし、認めたくはなかったが、美季はその言葉に少なからずの動揺を感じていた。
今のは何?芳恵から、あの男の言ったことを聞いていたのに、今聞かされていたのはあの男の声そのものではなかったか。まるであの男が芳恵の体を乗っ取ったかのよ うだったではないか。一体どうやって?しかし美季はそんな思いを顔には出さず、芳恵が話し終えるとこう言った。
「辛いのは当然なんだから、しばらく泣いていたっていいのよ。でも絶対に馬鹿なことを考えたりしちゃ駄目。いい?」
「うん」
 美季はあることに気づいた。あの爆発で死亡したのは全員男性のはず。翌日の新聞記事でそれははっきりしている。その後に、何か事件に関する記事が出ないかと毎日くま なく新聞を見ていたが、後から死んだ女性などいなかったはずだ。一体何者なのだろう。
いつまでもここにいるわけにはいかなかった。彼女に薬を渡した男と、追っていった青年のことが気にかかった。
「私はもう、行かなくちゃならないけれど、大丈夫よね」
「もう行っちゃうの?」
芳恵は不安そうな目で美季を見つめた。
美季は、
「ええ、行かなければならないの」
と答え、持ったままだった錠剤を憎しみをこめた目で見つめながら流しに捨て、玄関へ向かった。

 美季は階段を駆け降り、青年が男を追った通りに向かった。しかし二人がどこにいるのか見当もつかなかった。美季はあの青年が気になるのはもちろんのこと、親友である芳恵を失いかけたことに対する怒りに満ちていた。必ずあの男を見つけて、どうして芳恵にあのようなことを吹き込んだのかを問い詰めるつもりだった。
その美しい顔を鬼のような形相にこわばらせて早足で歩く美季は、すれ違う者の考えていたことを中断させ、話している最中だった者の言葉を途切れさせた。
ひたすら通りを歩く美季ではあったが、すでに時間が経っていることもあってか二人の男のどちらの姿も見つけることはできなかった。
途方に暮れた美季が空を見上げたそのとき、閉鎖されたばかりのデパートの屋上近くの階から何かがフラッシュのように、短い間隔で二回光るのが目に入った。
あそこだ。
美季は建物の裏側にある搬入口に向い、荷物の運び出し作業のすきをついて中に入った。美季は止まったままのエスカレーターを駆け上った。
外から光が見えた階に近づくにつれて、音が聞こえてきた。誰かが暴れているのか、物が倒れたりぶつかったりするような音だ。そして、力を振り絞るような声が二種類聞こえてきた。
何が行われているのだろう。
問題の階である玩具売り場へ着いたとき、美季の右手十メートルほどのところからひときわ大きい光が、ばっという音をともなって輝くと、とても人間のものとは思えない叫び声が聞こえた。それは最初は確かに叫び声ではあったが、徐々に不快な、汚らしい、悪臭さえ想像させる「音」へと変化し消えていった。
あたりには、ありとあらゆる種類の玩具が散乱していた。砕けてしまい、使い物にならないゲーム機。顔半分が焼け焦げてもなお、のんびりした表情のぬいぐるみ。高温の熱にやられたのか、もはや顔の判別もできず、女の子に遊んでもらうことの無い着せ替え人形。
                        玩具の山をよけながら「音」のした場所に着くと、そこには芳恵にあの薬を渡した男が死んでいた。死んでいることは誰が見てもあきらかだった。腹の上あたりで男の体は真っ二つにされていたからだ。その顔は人間のそれではなかった。釣り上がった目。裂けた口。
そして男を倒したばかりらしい、激しく息を切らしている青年がそばに立っていた。
 その顔には、マンションの外で美季を魅了させたものは無かった。憎しみだけがあった。が、美季が来たことに気づいた彼は、その憎悪に満ちた表情を緩め、落ち着きを 取り戻してから言った。
「彼女は大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。それより、一体どういうこと?全部教えて?」
 彼は頷くと、美季に手を差し伸べて言った。
「わかった。上で話す」
二人は無残に荒れ果てた玩具売り場を後に、屋上に出た。

空は青く、どこまでも続いていた。彼は遠くを見たままだったが、美季には彼がすぐに話してくれることはなんとなくわかっていた。
やがて彼が目を空に向けたまま話しだした。
「こうして眺めるていると、ただの青空なのに、何てきれいなんだと思う」
「そうね」
「たくさんの人たちがこの空の下で一生懸命生きているんだ。喜び、苦しみ、友情、愛情、あらゆる感情を抱きながら日々を過ごしている。僕たちはね、それを見守っているんだよ。昔から、ずっとね」
 そこで彼は顔を美季に向けた。
「見守るって、どういうこと?」
「僕が普通の人間ではないことはもうわかっているだろう?」
「ええ」
美季の脳裏に切断された男の姿が生々しく蘇ったのはもちろんのこと、喫茶店での
出来事や、アパートの火事のことも思い出された。
「つまり、僕は「上」から来たんだよ」
そう言って彼は人差し指を美季の顔の前で上に向けた。
「天国っていうこと?」
いくつもの「奇跡」を見せられた美季にとって、それは信じられないことではなかった。疑う必要など無いことは、彼の真剣な眼差しを見れば十分わかることだった。 「それじゃあ、あなたは天使、なの?」
彼はちょっと照れたような表情で答えた。
「まあ、そういうことになるかな」
美季はそんな彼が可愛くも感じられた。しかし、あの男を倒したときのもの凄い形相が頭に浮かぶと、今の、優しく彼女を見つめる表情とのあまりの違いに戸惑いを覚えた。
なぜあんなことを。
そして、その前の彼の行為、つまり火事で焼け死にそうになった男の子や、誘拐された女の子を助けたことに考えが及んだ。
「あなたは」
彼はなんだい、と言って美季を促した。
 子供たちを救いに下界に降りてきたというわけね」
口元を緩ませ、彼はにっこりと頷いた。
「でも、教えて。あの男は・・・。まさか、悪魔・・・」
これもきっと事実だろう。
今度は彼は表情を曇らせながらゆっくりと頷いた。
「僕が派遣されたのは君の言う通り、子供たちの命を守るためだ。君は魂を信じるかい?」
「信じるわ」
「この世界で生涯を終えた魂たちはね、「上」で次に生まれかわる新しい生命の誕生を待っているんだよ。でもね、このところ新しい命が少なくなってしまってね、本当なら生まれかわるために「上」から降りてくるはずの魂たちが溢れてしまっているんだ。だからまずは、これから生まれる赤ちゃんはもちろん、その母親を守るのが目的の一つなんだ」
「それで芳恵に・・・」
「そうだ。それともう一つ、これから成長して、いずれは子供を持つことになる、今の子供たちの命も守らないとね。でもね、そういう僕たちの邪魔をする連中がいるんだ」
そうだったのだ。あの男が芳恵に近づいたのは、宿った命を狙っていたのだ。
「でも、それなら何であんな回りくどい方法をとったのかしら。人間には無い能力を持っているのだったら、簡単に命を奪えるんじゃないかしら?」
彼は鋭い視線とともに答えた。
「自殺だ。自ら命を絶った魂が奴らの一番の獲物なんだ」
今までの出来事と彼の説明がつながった。
「君は僕を手伝ってくれたね」
そう言うと彼は美季に手を差し伸べ、美季もその手を握った。
不思議な感覚があった。その握られた手によるのか、それとも見つめられた眼差しからなのか、彼に向かって自分で把握している自分自身の事柄全てが吸い取られているような感覚だった。でも、彼になら自分のことを知られてもかまわないと美季は思った。むしろ、自分がどうなるのか、彼なら教えてくれるだろうとも思った。
美季は早速彼に聞こうと思ったが、今の握手のときの感覚の影響からか、それとも悪化した病状のせいか、思うように言葉を発することができなかった。
「私、どうしたのかしら」
彼は、ゆっくりと
「大丈夫。すぐに楽になるよ」
 と答えるだけだった。
「まさか、もう、終わりなのかしら」
「ううん、それは違う。今、僕が君にちょっとしたことをしただけだ」
「何を?」
「君の記憶の中の、今回のことに関する部分を消してしまうんだ。今僕が話した事はもちろん、僕の存在そのものが、君たちに知られてはいけないことだから。絶対にね」
あたりが白くなっていくのが感じられた。このまま気を失ってしまう前に、どうしても聞いておきたいことがあった。
「それじゃあ、どうして私に教えてくれたの?」
「それはね」
彼はなぜかすぐに言おうとしなかった。

 早く言って。お願い。

「君を好きになってしまったからだ」
 徐々に薄れてゆく意識に衝撃が走った。こんな場面で告白されるとは。
「どうしても、君に僕の気持ちを伝えておきたかった」
「そんなの嫌だわ。勝手じゃない。あなたはいいんだろうけど。私はどうせもう長くないのよ。それはわかっているんでしょう。私はあなたのお手伝いがしたい。もっともっと、できる限りのことをしてから終わりたいの」
「君は終わったりはしないよ。もう大丈夫なはずだ。今回のことは忘れてしまうけれど。そして今まで通り、元気な子供たちを育てるんだ。それが十分僕たちへの助けになるんだよ」
 そんな・・・。でも、彼がそう言うのなら、どうしようもないことなのだろう。
「あと、どれくらいなのかしら?忘れてしまうまで」
「明日の朝までには」
「そう」
 何も考えられなかった。ただどこか、落ち着ける場所が必要だった。
 美季は一つの小さな願いを口にした。
「わかったわ。お別れに、コーヒーでもどうかしら」
「うん、そうしよう」
 二人は、美季のお気に入りの喫茶店に向かった。

「いつも一人でしか来たことないから、なんだか不思議な気分だわ」
 コーヒーを味わいながら、彼女は言った。
「僕も、こうやって落ち着いて過ごすのはしばらくぶりだよ」
 美季には彼が今まで、それこそ自分の想像もつかないほどの年月を、幼い命や母親の命を救うために費やしてきたのだろうと思い、実際、どのように戦ってきたのかを知りたい気持ちも無くはなかったが、彼のつかの間のやすらぎの時間を壊したくなかったので、敢えて聞かなかった。
 美季は、自分がいずれ病とともにこの出来事を全て忘れ、ごく普通の生活に戻っても、彼はその使命のために戦い続けるのだろうと思うと、何の力にもなれないことをもどかしく思った。
 そんな彼女をテーブルの向かい側の彼は「お疲れさま」とでも言いたげな表情で見守り、窓の外の人の往来は、これからまた普段の生活に戻る彼女を待ち受けているかのようにも思えた。
 彼の力になんかなれるわけはないか、と彼女は窓の外のごく普通の人々を見て改めて思った。彼は特別な人間。人間?一体何と呼べばよいのだろう。とにかく、偶然彼女は、この世界、歴史から隠されていた事実を垣間見てしまった。この世界を、将来の歴史を作る子供たち、若い命たちを大切に守る存在を。しかも美季の理解をはるかに超える力を使って。
 その事実を知ってしまった私はもうすぐ全てを忘れてしまい、再び命を与えられる。
 そして私は、今経験した記憶を失っても、彼と同じ、子供を守り、育てるという以前と同じ仕事に就くことで、彼らに微力ながら協力することができる。
 ただ、何か、どこかしっくりいかないところがある。
 初めての経験だった。大事なことなのにそれが何なのか思い出せないなどということは、今までの美季にはほとんどあり得ないことだった。
 悔しかった。何か、今言わなければならないことのはずだ。美季は懸命に記憶の糸を手繰り寄せようとしたが、まるで指に力が入らず、むなしくするすると手のひらから抜けていくようだった。何か大切なこと、わかりきっていることなのに・・。
 きっと彼の施した「処置」の作用に違いない。
 美季がすがるように彼に目を向けると、青年の穏やかな笑顔があった。
 わかった。彼女が今まで必要だったのが、こうして静かに見守っていてくれる優しい目なのだということを。
 しかし、今の美季にとっては手遅れだった。「処置」によってもう間もなく彼女の想いは消えてしまうのだ。

   あなたのこと、もっと知りたかった。

 美季が彼の顔をじっと見る。彼も美季の顔を見つめる。お互いに、この世で最も大切なもののように。
 時間が止まるとはこういうことか。初めての感覚を美季は味わった。しかし、それも一瞬のことだった。


 ぬるくなったコーヒーの入ったカップをただじっと見つめ続けていたことに気づいた美季は、自分は何を間抜けな格好をさらしているのだろうと思った。確かにこのところ、つい一点を見つめたまま、考えが堂々巡りをしてしまうことはあった。しかし、今回のはいつものそれとは全く違う感覚が含まれているような気がしてならなかった。こんなこと、はっきり物事を決めるいつもの自分らしくない、と思いつつもさらに自分を間抜けに感じたのは、一体何を考えていたのかさえ、つい今しがた、頭の中を占有していた事柄さえも思い出せないという事実だった。
 さっきまで何か、誰かがいた気配のするテーブルの向かい側をなおも見つめながら、彼女は何かが変化しているのを感じたが、それが何かはわからなかった。
 しかし、いつまでもここでぼんやりしていてもしょうがない。彼女は会計を済ませ喫茶店を出た。すっきりしない頭をどうにかしたかったが、今の美季にはただがむしゃらに街を歩くことくらいしかできなかった。自分の心の中にあったはずの大切な何か・・・。すっぽりと欠けてしまった、抜け落ちてしまった、やっとの思いでせっかく見つけ出したこと・・・。
 何もわからないまま、敗北感を味わい、歩みを止めた美季の頭上には夕陽を浴びた桜の花が輝いていた。

  「まるで別人だ!このデータを見てくれ」
 主治医はそう叫び、もう一人の医師を美季の検査結果が表示されたモニターの前に引っ張ってきた。
「何かの間違いだろう。彼女はもう・・」と、同僚医師はキーを叩きデータの確認をしたが、やはり間違いではなかった。
「本当だ・・」
「こんなこと、前例が無い。とにかく、早く彼女に知らせて安心させよう」

 数日後、病院からの帰り道、美季は病状が突如として快方に向かったことを喜びながらも、なんとも腑に落ちない表情の医者を思い出し、笑みをこぼした。
 私にもわけがわからない、でも、助かったのだ。私は助かったのだ。たくさんの子供たちに囲まれた環境でまた今まで通り働くことができる。
 まず実感したのがそのことだった。気のせいか、以前よりも充実して働くことができるようにも思える。
 自然と足取りも軽くなり、美季は夕方の商店街をずんずんと歩いて行った。自分に起きた奇跡を忘れてはならない、この幸運な出来事を決して無駄にしてはならない。そう決心して歩き続けた。しばらく歩くと、このところあまり感ずることの無かった空腹感を覚え、通りの向かいにあるスーパーに立ち寄ることにした。
 ちょっと贅沢な食材を使って、何か作ってみようかしら。
 多くなってきた車が途切れるのを待ちながら、何の料理にしようかと考えていると、真正面、スーパーの入り口から男の子の甲高い声が響いてきた。
「あ、先生だ!ほら、母ちゃん、あそこに先生がいるよ!」
 翔太君だ。左右の確認もせずにひたすらこっちに駆け出してくる。でも大丈夫、今は車の流れも途切れたところだ。
 そう思った瞬間、右から真っ黒い乗用車が突っ込んでくる。凶暴さを露わにして、翔太を狙っているかのように迫りくる。おかしい、あんな黒い車、近くまで来ていなかっ たはずなのに・・。暴走してくる車に気付いた道行く人も、あまりの早さにどうすることもできない。美季だけだ、行動することができるのは美季だけだ。彼女は、ぽかんと 道の真ん中でどうしてよいかわからずに戸惑っている翔太めがけて突進して、そのまま ぶつかっていった。うまく体当たりした美季は、翔太を元来た方へと押し飛ばすことができた。母親のもとへと転がり込む翔太を見届け、心の底から、よかった、と思ったその瞬間、美季の全身に車がぶち当たった。弾き飛ばされ、宙を舞う美季の体。それでも表情は、さっき救うことのできた翔太のことを思っているのか、穏やかだった。私は間に合わなかった、でも翔太君はお母さんのもとへ送り返すことができた。
 それだけで満足だった。ただ、気がかりなことがあった。それは、黒塗りの乗用車のフロントガラスの奥に、釣り上った二つの目が光っていたような気がしたことだった。
 もう全てが終わってしまうのに、すっきりしないままなのは気に入らなかったが、人の最後などというものは、そういうものなのかもしれない。終わるときには終わる。死 ぬときには死ぬ。どれだけのことをやり遂げても、やり残しても。と、ただそう思う美季だった。そして、視界が徐々に狭くなってゆき、爆走して去ってゆく車の音も、あた りにいる人たちの声も、春の夕方の、星が一つ二つ見えはじめていた空も、何もかも全てが、遠くへ、小さく消え去っていった。


「嫌なことの後には、きっといいことがあるわよ。そうくよくよしなさんなって」
 駅前ロータリーの東側のビル、地下一階にある酒場の女主人にそう話しかけられても、青年はどこを見るでもなく、ただ何も無い目の前の空間に視線を漂わせていた。
 たった一人、カウンターで、何の料理も注文せずにひたすら酒を飲み続ける青年の顔を、厨房で料理を作るとき、できあがった料理を他のにぎやかなテーブルへ運ぶとき、 女主人はアルバイトたちに指示を与えながらも時折、覗き込んだ。
 そんなことに気づくことなく、青年は酒を飲み、自分のしてしまったことを後悔し、そして、普通の人間のようには酔えないことをわかっていながら、また酒を飲んだ。せ めて何か美季に喜んでもらえる物を、お別れにそっとプレゼントしたいと思い、用意したまま、結局使わないままになった金で、酒を飲んだ。

    俺は一体何をしにここへ降りてきたのか。燃えさかるアパートに取り残された少年を救いはした。
 乱暴されそうになった少女を助け出しはした。 
 そして敵の一人を倒した。
 だが、せっかく一度は病から救った彼女の命を奴らに奪われてしまった。
 馬鹿だった。愚かだった。
 あれほどに、選ばれてここへ降りてきた自分ほどに、いや、それ以上の熱意で自らの命を捨ててまでして少年を救おうとした彼女を俺は・・・。
 美季の、細くても内に力強さを秘めた顔が青年の心に蘇っていた。そしてその姿はいつしか、青年がかつて別の時代、別の場所で失った、美季と生き写しの女性に重なるの だった。

「これ、あたしからのごちそう。かっこいいお兄さんにいつまでもつまらない顔しててほしくないから」
 驚いた青年はしかし、女主人の心遣いに感謝し、ようやくのことで微笑んだ。
「ほら、嫌なことの後にはいいことがあるでしょ。あたしの言った通りでしょう」
 得意げな女主人にそう言われると、まだ幾分残っていた青年の眉間のしわも消えていった。
「何があったかあたしにはわからないけどさ、人生なんて、案外、そんなに難しく考えなくてもいいものかもしれないわよ」
 そうか、そうかもしれない。この若くて陽気な女主人に、まさか真実を話せるわけではないが、彼女の言うことももっともだ。
 美季の人生は、三十年ともつことなく終わってしまった。そしてその魂は「上」へ行く。
 再び、生を得て地上に戻る時をが来るのを待つために。でも、美季としての記憶を失う前に、もっと話したかった、触れたかった・・・。が、物事には、思い通りにできることと、できないことがあるのだ。今の青年にできることは、「上」へ上っていった彼女の魂を、遠くから、時々見守ることくらいだ。何故なら、彼には多くの「仕事」が待っているから。もう、今すぐにでも次の「仕事」の連絡が「上」から来ても不思議ではない。
 青年が店を出るとき女主人に一言「ありがとう、ごちそうさま」と言い、微笑んでみせると女主人は、
「よかった。またぜひ来てね。いいことあったら、聞かせてね」
と、元気よく返してくれた。
 青年が階段を上り、ロータリーを見渡したとき、下から声が聞こえてきた。さっき出口の掃除をしていた従業員たちだった。
「それにしても、自分が今、旦那さんのことで大変なのに、よくああも人を励ましたり、楽観的でいられるもんですよね」
「ああ、そこがあの姉さんのすごいところだよ。おかげでこっちもたくさん元気をもらえるしな。本当によかったよ、この職場で働けてさ。こっちも、あの姉さんのために張ろうって気になるもんだよな」

 しかし、翌日になっても次の「仕事」の指示が青年の携帯にかかってくることは無かった。
 一つ任務が完了すると、すぐに次の任務が待っているのものではなかったか。「上」は何をしているのだろう?が、今すぐにでも鳴るのかもしれない。そうすればもう、こ の街に戻ってくることも無いだろう。
 青年は、いつ「仕事」の知らせが来てもいいように、心の準備をしつつ、美季が住み、慣れ親しんだこの街を散策した。彼女の働いた幼稚園、子供たちを連れて行った公園、ぶらりと彼女が立ち寄ったであろう近所の書店・・。
 そして最後に青年は、昨日、美季と入った喫茶店へ向かった。美季という女性、大切にしたいと本気で思った女性とのほんの短い出会いを、彼女が気に入っていた店のコー ヒーの味とともに思い出にしておこうと思ったからだった。
 彼女と二人で入ったとき、美季を見つめるだけで、手をつけることの無かったコーヒーを、こうしてゆっくり飲みながら、窓の外の道を行き交う人たちを眺めているとあらためて青年は、自分が「上」から遣わされた者であり、この人たちの穏やかな日常を守らなければならない、という使命を実感した。
 そのためには「連中」と戦わなければならない。そうなったときに、青年にとってその行為が奴らに殺された美季の「復讐」になってしまわないかという懸念がすでに芽生 えていた。

   復讐は、決して許されない。

       与えられた「仕事」を精一杯果たすだけだ。今の自分にはまだまだやるべきこと、勉強しなければならないことが山ほどある。
「よしっ」
 と声を出し、コーヒーを飲み終えた青年は立ち上がり、レジへ会計を済ましに行こうとしたものの、小銭はおろか、紙幣も用意していないことに今さらながら気づいた。
 またやってしまった。どうもいけない。金など必要の無い「上」の世界にしばらくの間いたから、なかなか、あらかじめ支払用の金を準備するという習慣が身に付かない。
 仕方ないので、精神を集中し、右手をぎゅっと握ってみる。が、広げた手のひらには、思い描いた硬貨は現れてくれなかった。
 こんなこともできなくなってしまったとは。ここまで能力が落ちたのは、やはり、彼女に対する想いが強すぎるからか・・。
 しかし、突っ立ったままでは目立つだけなのでとりあえず再び座るしかないか、と
 椅子に腰を下ろした青年の向かいに美季はいた。とびきりの笑顔で。

「君は、どうして・・・」
 唖然とする青年に美季は、悪戯っぽい微笑を浮かべ、青年の前に右手を差し出し、手のひらを一度握ってから、ゆっくりと広げてみせた。そこには、青年が頼んだコーヒー 代金丁度の硬貨がのっていた。
 驚きながらも青年は理解した。
 彼女が突然、誰もいなかったはずの彼の向かいの席に出現し、目の前で「能力」を使ってみせたのだ。美季も青年と同じ、「上」に仕える存在となったのだ。
 青年は飛び上がって喜びたい、彼女を抱きしめてキスしたい衝動に駆られたがしかし、その感情を抑え込んだ。言わなければならないことがある。
「あのとき、あの子の危険を察知できなかった。だから、君を助けることができなかった。すまない・・」
 美季は優しく答えた。
「もういいのよ。結果はご覧の通り。例外が認められて、私はこうしてここに戻されたの。あのとき、あの子を助けようとしたのをあの方がご覧になっていて、お決めになったみたい。私をこっちに戻すって。ただし、条件が一つ」
「条件?」
「うん、私にあなたのお手伝いをさせるってこと」
「そうだったのか」
 そう答えたものの、青年には「上」の意思が今一つわからなかった。
「なんで私なんかがあなたのお手伝いにって、今、考えたでしょ?」
「まさか君は、俺の心が読めるのか?」
「あら、違うわよ。顔に書いてあったから。そのわけはね、「上」も人手不足だから」
「そうか」
 納得したような、していないような表情の彼に、美季は心の中でそっとこう言った。

    私が、願ったから。その願いをかなえてくれたのかもしれない
   あのとき、車にはねられてから後、真っ白、いえ、白よりも明るい色に囲まれた不思議な場所にいるとき、私はずうっと願っていた。もっともっとやらなければならないこ とがある。そして、あなたのことをもっと知りたいって。話したかった。触れたかった、って。

 それより先に言うべきだったことを思い出し、美季は口を開いた。
「あいつが乗っていたの。あの子を狙った黒塗りの車に」
「誰が?」
「あなたがデパートで倒した相手・・。私、見たのよ。運転席であの男の眼が光っていたわ。憎しみに溢れていたあの目」
「いや、俺はあのとき確かに倒したはず・・。別の奴がこの街に来ていたんだ」
「探しに行くの?」
「うん、いずれはね。でも今は無理だ。どこをどう探していいのか、見当もつかない。近いうちに「上」から指示がくるだろう。君にはこれから、いろいろと覚えてもらわなければならないこともあるけれど、いっしょに学ぶことのほうが多いかもしれない。よろしく」
 まじめに見つめていた美季も「こちらこそ、よろしくお願いします」
と頭を下げた。
 店を出ると、もう星がいくつか輝きだしていた。
「桜がきれい。私、今年が見納めにはならなくなった。ありがとう」
 今や美季は独りではなかった。共に桜を見上げ、同じ運命を歩む相手がいるのだった。
 美季は、自分の運命をより良い方向へ導いてくれた青年に感謝した。
 見つめる美季に青年はたまらずに、でも思いなおし、おでこにそっとキスをした。
 二人、桜の木のそばでじっと寄り添っていると、突然携帯の呼び出し音が鳴った。
 青年は慌ててポケットに手を突っ込んだが、美季が「私のみたい」と、言って彼女の携帯を取り出し、耳にあてた。
「あ、はい、私です」
 緊張の走った表情で答える美季。だが、相手の次の言葉を聞いてから、その表情は途端に柔らかくなっていった。
「はい、そう伝えます」
 そう言って電話を切る美季に、青年は聞いた。
「いったいなんだって?奴の居場所の話でもなさそうだし」
「いいえ、そうじゃないわ。なぜおでこなのか?って」
 それを聞いて青年の表情も崩れた。
「しょうがないなあ」
 二人、満面の笑みのまま、口づけを交わす。
                        (終わり)

戻る